不登校・ひきこもりに共通する心理状況 ~快・不快~
ひきこもりの原因や過程は異なれど、その心理は同じ
不登校やひきこもりの状態になる原因は、一人ひとり異なります。お子さんとお話をしていても、その原因をハッキリと認識している子もいれば、実際わからない子もいるのが現実です。ある人間関係のトラブルをきっかけに「行きたくないな」と思うようになり、1、2回休むと、次第に足が遠のいていき、家から出なくなるという過程を歩む子もいれば、ある課題が出来ておらず、「行きたくないな」と思うようになり、「その課題を出すまで行けない、でもその課題をやりたくない」という理由でズルズル休みがちになり、次第に行くタイミングを逃して家にひきこもってしまうような過程を歩む子もいます。または学校や社会で働くよりも、ネットゲームの方が面白く、試合は夜中が多いので朝起きれずに、優先事項が低いものを後回しにしていくことでひきこもりになっていくことも・・・。
このように、一人ひとり不登校やひきこもりになっていく過程は様々です。しかし、その原因や過程は人それぞれでも、彼らの心理状況には共通していることがあるのです。それは「不快なものは避けて、快なものを得たい」という生き物の本能です。
人間関係のトラブル、苦手な課題、朝早く起きること、通学・通勤の満員電車・・・そのどれもが「不快なもの」です。夜中のゲーム、朝ゆっくり起きること、ゴロゴロすること、人と揉めなくて済むこと・・・そのどれもが「快なもの」なのです。因みにここでは「楽しい」という感情だけでなく、「楽だ」という感情も、「快」に含まれます。これは不登校やひきこもりに限った話ではなく、「目の前のやること」に対して、私達は気づいていようといまいと、常に「快」「不快」「ニュートラル」という感情を抱いています。この心理は私達が生き物である以上、脳に組込まれた本能です。ロボットであれば、「不快」を感じて「今日は工場で働くのを休もう」なんて考えません。生き物である人間であるからこそ、「快」と「不快」を感じながら、「目の前のやること」をするかしないか判断しています。
人間の本能は「不快」を避け、「快」を求める
不登校やひきこもりのお子さんの行動をこの「快」「不快」「ニュートラル」という観点で観察していくと、実にわかりやすく、彼らの心理が「快」を選び、「不快」を避けていることがわかります。誤解を恐れずに申しますと、実に「人間らしい」のです。
人間関係のトラブル、苦手な課題、朝早く起きること、通学・通勤の満員電車・・・これらは全て「不快」です。夜中のネットゲームの試合、朝ゆっくり起きること、人間関係のトラブルなしでいれること・・・「楽しい」だけでなく「楽だ」という感情も含め、これら全てが「快」なのです。
「快なものだけを選び、不快なものは避けていたら、『社会』でやっていけるはずがない」
きっとこれまでご苦労された親御さんであればあるほど、自身のご経験から、そう思わずにはいられないかと存じます。しかし、このような「正論」は、「本能」には勝てません。生活が便利になり過ぎたこの日本社会は、世の中全体が「快」を追求するよう動いており、この「快」に溢れた世界で生まれたお子さんに対して「正論」を突き付けても、行動が変わるほど彼らの心理状況に影響を及ぼすことはまずあり得ません。
私たちは不登校やひきこもりの原因やひきこもりになった過程をあまり重要視していません。たとえ人間関係のトラブルが原因でひきこもるようになったお子さんに対しても、そのことについてほとんど話さず、ひきこもりから前に歩み出したケースも意外と結構あります。なぜなら、理由がなんであれ、それらは全て「不快」で「避けるもの」で、重要なのは、ひきこもった原因を究明することでも、その過程を知ることでもなく、いかに「不快」なのものを「快」にする工夫ができるか?なのです。
「満員電車に乗ること」が「不快」なら、どうすれば、その経験を「快」に近づけることができるか?
「苦手な課題」が「不快」なら、どうすれば、その課題をせめて「ニュートラル」までもっていくことができるか?
「学校」や「職場」が「不快」なら、どうすれば、その「不快なもの」の中から「快」を見つけることができるか?「快」に捉えなおすことができるか?
ポジティブ心理学の研究では、「強みを使っている状態は快を感じる」とされています。つまり、「学校」や「職場」で「強み」を使う作戦を立てていくことで、「不快なもの」の中で「快」を得ていくように仕向けていきたいのです。ですから、結果的に不登校やひきこもりからの前進を「(不快なものを)しなければならない」から「(快を得るために)したい」という心理に導いていくために、お子さんの「強み」を見出していくことを大切にしていきます。本能に逆らうのではなく、本能を利用していきます。もし、お子さんが不快なものを避けているという心理状況でしたら、ぜひ、その中から「快」を見つける、「快」をつくる「工夫」をお考えになられてはいかがでしょうか?お子さんと向き合う際の一つの切り口として、ご参考にして頂けたらと思います。