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「不登校」は恥ずかしいこと?

これまで様々な親御さんと関わってきた中、不登校のお子さんをもつ親御さんの特徴として、大きく2つに分かれるなと感じています。それは親御さんご自身が、お子さんの「不登校」を恥ずかしいことだと思っているかどうかということ。欧米圏のホームスクーリングのように多様な教育選択がなく、途上国のように学校に行けない経済状況でもない「日本」という国において、ある親御さんは、学校に行くことは「普通」(「普通」と「普遍」をよく日本社会は混同して使われていますが)であり、普通のことも出来ていない子どもを育ててしまったことに一種の恥ずかしさを感じてしまうのかもしれません。

「子育てを失敗したと思われるんじゃないかしら」

「気の毒に思われたくないし」

周りの評価は自分で決められるものではないため、他の親御さんから “悪く” 見られないように、お子さんの不登校をあたかも隠すような行動をとられる親御さんがいらっしゃいます。もしくはご自身ではそのような気はないのに、三世代で暮らしているご家庭で、お祖父さん、お祖母さんからの圧力により、そのような思考になられている方もいらっしゃるようです。

一方、「私の子ども、不登校なの」と何も臆することなく、ご友人にお話される親御さんもいらっしゃいます。別に悪いことしている訳ではないし、海外も含め、色んな学ぶ道もあるし、それよりも本人が熱中できるものを見つけてほしいと考えられている親御さんに多く、なかでも海外で暮らされたご経験をもつ親御さんに比較的、多いようです。勿論、この2つのタイプに完璧に分けられる訳ではありませんし、むしろ、割合の問題なのかなと思いますが、一度、子どもの視点に立ってこの2つの考え方を見てみることは重要なことだと思います。

「メラビアンの法則」にもあるように、私たちがコミュニケーションをとる際、具体的に発する言葉の内容はほとんど伝わっておらず、逆に見た目や声のトーンなど、言葉以外のものが9割以上伝わると言われています。この2つの考え方は、直接、言葉にしなくても、表情や仕草などを通して、日常生活の中でお子さんに “確実” に伝わっています。

どちらの考え方が良いかということはお子さんの視点に立ってみると、何か見えてくるものがあるはずです。「不登校」や「ひきこもり」と向き合うこと。実は私たち、大人の方が成長する機会を与えられているのかもと思ってしまう自分がいます。一人でお悩みにならずに、共に歩んで参りましょう。