心理学の歴史
20世紀の心理学の歴史:これまでのカウンセリングの在り方
現在、日本に多く存在しているカウンセリングは、20世紀の心理学の理論をもとに生まれた術 (スキル)です。ここではカウンセリングがどのような背景をもとに生まれてきたのか、その背景である20世紀の心理学の歴史に目を向けてみましょう。
いきなりですが皆さん、大きな書店に入り「心理学」というコーナーに足を運んだとき、いったいどのような言葉が目に入ってくるか思い出してみてもらえますか?
「うつ病」「統合失調症」「パニック障害」「拒食症」「心理療法」・・・。
そう、これまでの心理学の世界は、これらの本のタイトルが示すように、どちらかというとネガティブな感情だったり、人間のマイナス面に焦点が置かれていた学問だったのです。そして、それにはれっきとした理由があります。心理学という学問は、今も昔もアメリカが牽引してきた学問なのですが、第二次世界大戦後やベトナム戦争後、アメリカでは多くの元兵士の方々がうつ病になったり、PTSD(心的外傷後ストレス障害)になったり、精神疾患が増加しつづけました。それはひとつの社会問題となり、アメリカ政府も「これはマズイ」と、莫大な研究費用をうつ病やPTSDなどの精神疾患の治療開発や研究に注ぎ込んでいったのです。その結果、心理学者や精神医学者は多額の研究資金が流れるそちらの方にどんどん傾倒していき、結果として戦後から今にいたるまでの心理学は精神疾患を治療する学問、簡単に言うと、欠陥のあるマイナス状態をゼロに戻すための研究となっていったのです。
「あなたの何が悪いんですか?」
「その問題の原因はなんですか?」
「いま痛みはなくなりましたか?」
このように、人間のダメなところ・傷ついた過去、そこからゼロの状態まで戻すことに焦点が当たるようになったという歴史があるので、現在、心理学者や精神科医、カウンセラーの使命は「過去の原因を探り、ダメなところを治し、心の痛みを感じないところまでもっていく」というものとなりました。大きな書店の心理学コーナーにいくと心の病気の本ばかりが並んでいるのも納得がいくと思います。
カウンセリングの現状と課題
上述の通り、1945年の第二次世界大戦以降、アメリカでは元兵役のうつ病やPTSD(心的外傷後ストレス障害)が激増しました。政府も精神疾患を治療するために莫大な費用をかけ注力していたのですが、心理学や精神医学の世界ではうつや悲しみ、不安や喪失感など、自分の中のマイナスである部分を見極め、そこを治すことに焦点があたっていた歴史があります。その心理学の流れの中で生まれたのが現在の「カウンセリング」だったのです。「カウンセリングを受けた方がいい」というと、「何か自分におかしいところがあるんじゃないか?」と無意識に思ってしまうのも無理ないですよね。
しかし、よく考えてみると「心理学」とは「心を科学する学問」であり、心というのは「悲しみ」や「不安」といったネガティブな感情もある一方、「幸せ」や「感謝」「勇気」「好奇心」といったポジティブな感情もありますし、「想像力」や「忍耐力」、「強み」などプラスの側面も多々あるのです。しかし、戦後からこれまでの心理学はこのような人間のプラス面を無視した形で展開されており、ネガティブな側面に偏った、いわば『ネガティブ心理学』だったのです。因みに1990年代までの心理学に関する論文の内容に目を向けると、ネガティブ感情とポジティブ感情の研究の割合はなんと「24:1」。これまでの心理学が「ネガティブ心理学」と言っても過言ではなかったのです。
心理学のあるべき姿:新しい心理学の誕生
ネガティブな感情にかたよっていた20世紀の心理学。このような流れの中、「どうもこれはおかしい!」と強く疑問に感じ、異議を唱える心理学者が1998年に現れたのです。その人はマーティン・セリグマン博士、当時のアメリカ心理学会の会長でした。セリグマンはこのかたよった学問のあり方は科学としておかしいのではないかと、これまでの心理学の流れに対抗する新しい心理学を提唱したのです。その名も「ポジティブ心理学」。日本人である私たちは「ポジティブ」と聞くと、なぜだか少しうさんくさく感じてしまう部分があるのですが、彼を中心とした心理学者たちの試みはネガティブなものを否定するのではなく、学問としてバランスをとるために人間のポジティブな部分にも目を向けようという意識改革でした。
ポジティブ心理学は、人間のpositivity(ポジティブさ)に着眼する心理学であり、従来の心理学が
①あなたの何が悪いのか?【欠点に焦点】
②そうなった原因は何なのか?【過去に焦点】
③もう苦痛は感じないのか?【ゼロの状態に】
を中心のテーマにしていたのに対して、ポジティブ心理学は
①あなたの何がうまくいっているのか?【強みに焦点】
②あなたの強みをどう活かすのか?【未来に焦点】
③どうすれば最善の状態になれるのか?【プラスの状態に】
を中心のテーマとして扱います。
この改革以降、幸福感や楽観性、感謝などポジティブな感情についての研究が盛んになり、人の「強み」や明るい部分に焦点をあてることのさまざまなプラスの効果が科学的にわかってきました。たとえば一人ひとりが本来もつ「強み」を自覚し、日常生活で活用している人は幸福度が高く、また自己肯定感が高いことも科学的に明らかになってきました。さらに、幸福感をはじめとするプラスの感情は、自分の視野を拡げたり、血圧を下げてくれたり、心ばかりでなく身体の健康にもよい効果をもたらすことまで近年の研究によりわかってきたのです。この勢いは留まることを知らず、2016年には世界の名門であるハーバード大学が約21億円の寄付を元手に健康と幸福を科学する新しい研究センターを設立しました。ポジティブな側面に関する研究が21世紀に入り、海外では続々と出てきているのです。
このようにネガティブな側面もポジティブな側面もバランスよく見ていくことが、心理学に限らず科学のあるべき姿なのですが、日本の心理学界は「学閥」という大学間のなわばり争いでがんじがらめとなっており、なかなかこの世界で起きている新しいムーブメントについていけず、いまだにネガティブな感情のみを対象とした研究が盛んに行われているのが現状です。「ポジティブがいい、ネガティブが駄目だ」という話ではなく、人間の心をプラスとマイナスの両側面から捉えていくことが、より日本の心理学界でも広まっていくといいですね。